Believer@仙台電力ホール

suzukatz2010-09-21

ソワレ。大千穐楽。ご来場いただいたみなさま、本当にありがとうございました。再演が叶うなら、今度はもう少し長い期間やれたらいいなあ、と思っています。いつものように、パンフレットに掲載したテキストをアップしておきます。

「信じるものは救われるか?」
『ビリーバー』はサンタクロースを信じようとする男の話である。物語は、家庭問題から始まって、宇宙の創世や宗教の問題へと深まっていく。そして、アメリカ=現代社会が陥っている根深い問題が次々とあぶり出されていく。『ビリーバー』はそういう深い戯曲なのである。だが、ここではあえて、僕個人の心に響いたセリフをご紹介したい。
ハワード「何かを、やるかやらないかを決めるときは、まず"それが面白いか?"ということが判断の基準になります」
ワイスワッサー先生「じゃあ、やる価値があるか?って考えたらどうでしょう?」
ハワード「だめですね。その選択肢はずいぶんリストの下のほうにあります。刺激的だったらやるかもしれませんけど、"価値がある"ではだめです」
今から20年前、勝村たちと『LYNX』をやったころ、芝居を作るモチベーションのほとんどは”面白いから"であった。だが現在、僕にとって芝居を作ることは、はっきりと職業になっている。
芝居を作って収入を得て生活をしている。もう50歳の大人なので、どんなことがあっても仕事は仕事と割り切れるし、それはかなり得意である。でも、こういうセリフを聞かされると、何子供みたいなこと言ってやがんだ、と思いつつ、しばし考え込んでしまう。
作品を決めるに当たって、"それが面白いか?"が判断の基準となっているのだろうか?
どんなものにも面白さを発見することができる、と自分自身を言いくるめていないだろうか?
そんなことを考え出すと、生来のスキゾ気質が目覚め、頭の中でマサル(勝)くんとスグル(秀)くんが大激論を始めてしまう。
「そもそも、おまえはなんで芝居なんか作っているんだ?」
そんなとき稽古場で、しょーもないアドリブをかましながら、勝村がこんなことを叫んでいた。
「いくつになっても、こんなことするのが楽しくってしょうがないんだよね、オレたち」
僕はそれを聞いて、何の根拠もなく、こいつを信じようと思った。
そして、同じようなことを叫んだ人たちを信じようと思った。
占い師「すべては運命で決まっています。あなたが何をほしがろうと関係ないのです。だから、来たものをそのまま受け入れながら生きていくしかないのです」
ハワード「そこまで受身でいられる人っているかな?」
占い師「積極的か、受身か、っていうのはあまり関係ありません。人生はまやかしです。すべてはあらかじめ決められています。でも、結果がわからない限り、それは冒険なんです」
『ビリーバー』はサンタクロースを"信じようとする"男の話である。
"信じる"のではない、"信じようとする"="信じることを決意する"のである。
僕は50歳になって、ある決意をした──(to be continued)
鈴木勝秀(suzukatz.)