心臓を貫かれて/マイケル・ギルモア(村上春樹:訳)/文藝春秋

心臓を貫かれて
ゲイリー・ギルモアの死刑(銃殺刑)が執行されたのは1977年1月18日。そのニュースは朝日新聞でも報じられたそうだが、まったく記憶にない。当時アメリカでは死刑廃止の世論が強く、十年近く死刑が行われていなかった。それが、ゲイリーは無意味に二人の男を射殺し、自ら銃殺刑を求めた。当時アメリカでは、ゲイリーの顔がニューズウィークの表紙を飾り、ノーマン・メイラーが本を出版し、トミー・リー・ジョーンズ主演で映画にもなったようだ。それほどセンセーショナルな事件だったのだ。読んでいる最中、何度も、池田小学校を襲った宅間のことを思い出した。だが、こうして時間が経過すると、衝撃度はほとんどなくなる。宅間のことももうほとんど話題にならない。だが、そのまま風化させていいのか?本書は、そのゲイリーの実弟で、「ローリングストーン誌」などでライターとして有名な、マイケル・ギルモアによって書かれたノンフィクションだ。マイケル・ギルモアは、アメリカ、ユタ州におけるモルモン教徒の歴史から物語を始める。"血"の歴史。それが、ギルモア一家に"幽霊"として取り憑いている。村上春樹の翻訳が素晴らしく、ギルモア家の物語に深く引きずり込まれる。読み終わって最初に思ったのは、殺人者が家族にいなくてよかった、という本当に月並みな感想だ。そして、殺人であろうと、死刑であろうと、肉親を理不尽な形で奪われることの恐ろしさ。アメリカは、死刑制度廃止運動を進めながら、世界の各地に爆弾を落としてもいる。殺しちゃいけない。どっちにしても月並みな感想だ。しかし、これほど月並みな感想を抱いたということは、それだけ本書が自分にとって衝撃力があったのだと思う。ギルモア家の物語をもう多分忘れることはない。