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サッカーの聖地、ウエンブレーへ赴く。新しくなってしまったので、サッカーの伝統や歴史を感じることは最早できないが、ここがサッカーの聖地であることには変りない。ウエンブレー・パークで降りると、スタジアムまでは一直線。途中、ボビー・ムーア・ブリッジをくぐり抜ける。今まで見てきたスタジアムも、すべて城であり、巨大な砦であったが、このウエンブレー・スタジアムは、まさに王者の居城を感じさせる。
スタジアムツアーのチケット売り場でスタート時間を尋ねると、「12時よ」という答え。時刻は11:57である。急いで集合場所に駆けつけたが、意外とのんびりしたもので、まだまだ駆けこんでくるツアー客はほかにもいた。チケット売り場からツアーガイドへ連絡が行っているのだろう。
スタジアム内は、ガラス張りの超現代的オフィスビルといった様相。普通にエスカレーターが動いているし、外気に晒されることもない。トイレの数も充実していて、ガイドもそれを誇りにしていた。ツアー客は、それこそ子供から老人までいて、とても楽しそうだ。The FAのホームグラウンドであるから、どこのサポーターであろうが分け隔てない。ツアーガイドの小太りのおねえさんは、自分はマンUファンであることを公言し、それぞれのツアー客にも自分のクラブに誇りを持つように薦めていた。そして、世界中からツアー客が来ることを想定してか、ガイドの英語はとても聞き取りやすい英語で、外国人にも優しい。サッカーの母国イングランドが、その威光を全世界に知らしめすために作られたスタジアムである。とにかくすごい。ピッチに出る前に、二人の子どもが選ばれて、どこのファンか聞かれる。このときは、マンUリバプールであった。それぞれの子どもが、ガイドからキャプテンに任命されて、ツアー客はそのどちらかの列に並ぶ。母親と一緒に来ていたジェラード・ファンの兄妹とともに、リバプールサイドに並んだ。最後に本物のFAカップ(意外と小さい)の前で記念写真を撮ってくれるが、もちろん有料。丁重にお断りしたが、ほとんどのツアー客は満面の笑みでFAカップを握りしめていた。日本人にはわからない、そういう気持ちにさせるだけのものが、あのカップにはあるのだろう。
ウエンブレーのショップには、イングランド代表グッズが多数ある。個人的にイングランド代表ユニフォームのデザインは好きで、夏場にはよく着ている。ただ、このところのデザインはどうもイマイチで、購買意欲に繋がらない。今日もざっと見て店をあとにした。それと欲しければネットで買えるというのも、ここでどうしても手に入れたい、という気持ちを抑える原因になっている。
ウエンブレーをあとにして、ホテルに戻る前に、セント・ジェームズ・ウッドで途中下車して、アビーロードを見に行く。ビートルズがレコーディングのホームグラウンドとして使用し、『アビーロード』のジャケットの撮影も行った、多分、世界で一番有名なレコーディングスタジオである。中には関係者しか入れないので、外から見るだけである。ジャケットで有名な横断歩道には、クルマの切れ目を狙って記念撮影をしようとする観光客が平日にも関わらずかなりいる。だが、クルマ通りは意外と多く、なかなか撮影できないようだ。ガイドブックにも、ちゃんと撮影したいのであれば、早朝に行くのがよい、と書かれていた。
この建物の中で、歴史的なレコーディングセッションがいくつも行われたのである。自由にアイデアを出し、時間を気にせず、誰のためでもなく自分たちのために音楽を作る。現実的には、いろいろな問題があったに違いないが、まちがいなく理想的な創作空間である。こんな稽古場がほしいなあ、とこんなところで自分の仕事環境のことを考える。学生の頃、大隈講堂裏のアトリエは、まさにそんな場だった。あそこでやっていたことは、紛れもなくクリエイティヴだったし、自由であった。どうやったら、あのような場を再び獲得することができるのだろう?急激にリアルな思考が始まる。自分の中の様々な回路が急速にリセットされるのを感じた。それだけでも、ここに来た甲斐はあった。
ホテルに戻ってひと休みして、いよいよCL、アーセナル vs バルサへ出かける。ガチのセメントマッチである。地下鉄の中で、すでにスペインからやってきたと思われるバルサファンが、車両を占拠するような形で、大声でチャントをくり返し、異様な対決ムードが盛り上がる。スタジアムにはやはり1時間くらい前に着く。すでにバルサファンは、ゴール裏のアウェイ席を埋め尽くし、バルサの応援歌を歌い、ウォーミングアップに現れた選手を激励し続けている。一方、アーセナルのファンは、リバプールのときと同じように、一向にスタジアムに姿を現さない。バルサのホームかと思わせるほど、圧倒的にバルサの圧力が強い。だが、やはりキックオフ5分前になると、あれよあれよという間にスタンドは埋め尽くされ、それまでのバルサの声の数十倍にも感じる大声援が始まった。自分の回りもあっという間に熱いサポに囲まれる。サポはおたがいに顔見知りではあるようだが、基本的にばらばらにひとりでやってくる。CLだからといって、早くから席について"特別な"時間を味わうようなことはしないのである。日常的な異空間。そして、キックオフ。
自分の席は、ちょうどアーセナルサイドとアウェイ席との境界付近にあって、ここでは試合が始まっても誰もすわらない。なにかというと、おたがいに挑発し合って、いつでも境界を乗り越えていく気満々。こちらもかなり気合を入れてアーセナルサイドであることを強調しておかないと、周りからボコボコにされそうなムードである。すぐに「アーセナルアーセナルアーセナル!」(何回言うかは、各自の判断でバラバラ)の大合唱にすぐに唱和し、逆に妙に静かに観戦して周囲から浮かないようにした。だが、それはどんどん高揚感を生み、結果的にとても幸福な時間を過ごすことにつながった。その幸福感は、うっかりこのままアーセナルサポになってもいいかも、と思わせるほどであった。
サポは、まるで自分がひとりで見ているかのように、各自勝手にバラバラに声を上げ続ける。全体で決まっているいくつかの簡単なチャントはある。何回か通えば誰でも覚えられるものだろう。それがプレーと反応しあって、自然発生的にわき起こる。そしてそれが絶妙なタイミングで一体化した声になったとき、それはスタジアムという生き物の感情表現となる。プレーに対する批評(ヤジ)はとても厳しく、容赦ない大声で"Fckin'!'"もしくは"Shit!"とともに発せられる。ジェスチャーも大きい。よく周囲の人間の顔や頭を殴らないな、というほど手を振り回したり、広げたりする。それもものすごいスピードで。その中でも、隣の席の40代と思われる男が特に強烈で、まさにこのあたりの主のようであった。風貌が知り合いのギタリストのジミーに似ていて、勝手にジミーと名付けた。ジミーは、90分間、気を抜くことなく叫び続ける。開始10分ですでに声は枯れ始めているのだが、おかまないなしに叫ぶ。強烈にパンクスピリットを感じた。そのくせ、トイレに行きたくなると、どんなタイミングでも構わず席を離れる。決定的なゴールシーンを見逃しても、それは自己責任ということなのだろう。先制されたときの重苦しい沈黙と同点に追いついたとき、さらに逆転したときの興奮は人生の中でも指折りのものであった。ジミーは得点のたびに座席の背もたれの上に立ち上がるのだが、逆転のときは前の座席に転落していた。
試合が終わると、あれほど劇的な逆転劇だったのに、集まってきたときと同じくらいあっさりと席をあとにする。"いつものこと"なのだ。

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